MY STORY

おいしいものを、
みんなで食べたい。

ダンスから料理へ。畑から福祉へ。
人との出会いに導かれて、今の仕事につながっています。
湖畔で笑う藤田承紀

00 / BEGINNING

食べるのが、いちばん好きだった。

食べるのが好きな子どもでした。ただ、人前は苦手で、教室の隅にいるほうが落ち着く。そんな自分がダンスと出会って変わりました。

庭で笑う、子どものころ。
庭で笑う、子どものころ。

01 / DANCE TO FOOD

ダンスから、料理へ。

大学卒業後は、avex所属のプロダンサーとして、舞台や振り付け、インストラクターの仕事をしていました。25歳のときに膝を大きく傷め、これからの生き方を考えることになりました。

そんな時期に訪れたイタリアで、食卓を囲む楽しさに出会いました。家族や友人と、おいしいものを食べながら話す。食事を心から楽しむ人たちとの時間が、料理を学びたいと思うきっかけになりました。

帰国後に料理を学び始め、その後、再びイタリアへ。料理学校とミシュラン星付きレストラン「il Pellicano」で経験を重ねました。

家庭でも、もっと料理を楽しんでもらいたい。料理家として、身近な食材のおいしさを引き出す工夫を、教室やレシピで伝えています。

avex所属のダンサー時代、ELLE a table のフードバトル(2009年)で優勝したことが、料理の道へ踏み出す背中を押してくれました。

イタリア時代の厨房で。
イタリア時代の厨房で。
イタリアで過ごした日々。
イタリアで過ごした日々。
料理学校の仲間と。イタリア。
料理学校の仲間と。イタリア。
線路沿いを歩く藤田承紀の後ろ姿
線路沿いを歩いた日の一枚。

02 / THE FIELD

育ててみて、分かったこと。

料理の素材を、育てるところから知りたい。帰国後は、畑を借りて野菜づくりを始めました。

最初に自分のズッキーニが売れたときのことを、今でも覚えています。値段は120円。手数料を引いて手元に残った96円が、泣けるほど嬉しかったのです。

畑で知った季節や香り、育てる人の手間。その経験は、今も一皿を考えるときの土台になっています。

その後、アメリカ大使館の菜園管理人として3年、大使夫人の畑を任されました。

千葉の畑。2017年11月。
千葉の畑。2017年11月。
千葉の畑で。2020年。
千葉の畑で。2020年。

03 / FOOD & WELFARE

畑の隣から、福祉の現場へ。

借りていた畑では、野菜と一緒に綿も育てていました。機織りを教わろうと近くの福祉施設を訪ねたことから、交流が始まりました。

「いつかレストランをやりたい」。そんな相談をいただき、まずは月に一度のランチ会を開くことに。料理を楽しみに待ち、おかわりをしてくれる皆さんの姿が、とても嬉しかった。

2017年に、福祉レストラン「らんどね 空と海」の立ち上げに関わり、2020年末までシェフを務めました。おいしい料理をつくることと、一人ひとりが力を発揮できる場所をつくること。その両方を考える仕事が始まりました。福祉施設で積んだ実務経験を土台に、勉強を重ねて介護福祉士の資格も取得しました。

2015年には、東京・青山で『IKU青山』の立ち上げにプロデューサー兼シェフとして関わっていました。カメラを構えてから食べるお客様と、温かいうちに全力で食べてくれる皆さん。どちらのために料理をつくる自分が幸せか。答えは明らかでした。

大切にしたのは、「彼らだからできる」という視点です。小麦を石臼で挽いて粉にし、地元の梨の古木を薪にして、ピッツァを焼く。根気強く取り組む力や手仕事の得意を、お店ならではのおいしさにつなげていきました。

らんどね 空と海のシェフとして。2020年。
らんどね 空と海のシェフとして。2020年。
開店の年の冬。畑から始めた。
開店の年の冬。畑から始めた。
屋外の食卓で料理を取り分ける手元
千葉時代の森のランチ会。ここでの時間が、今の活動の土台になっています。

04 / CRAFT

器を直すことも、食卓の続き。

レストランでは、作家さんの陶器やガラスの器を使っていました。一皿ずつ丁寧に運んでくれる皆さんに、素敵な器で料理を届けてもらいたかったからです。

日々の中で割れてしまう器を直したいと、金継ぎを学びました。現場で続けやすい方法を探し、合成うるしと真鍮粉を使う「かんたん金継ぎ」に取り組むようになりました。

直した跡を「景色」と呼ぶことを知って、器を見る気持ちも変わりました。ものとの付き合いを楽しむ時間を、今はワークショップでお伝えしています。

2022年からは日本金継ぎ協会のアンバサダーとして、講座で伝えています。真鍮の作品づくりも、この延長です。

継いだ跡は、景色。
継いだ跡は、景色。

05 / NOW

仙台で、育てながら。

2021年に千葉から仙台へ移住し、今は4人の息子と暮らしています。畑で育て、料理をつくり、福祉や手仕事の現場へ出かける毎日です。共同で立ち上げたNPO法人BALLOONの副理事長として、就労継続支援A型・B型の事業所運営にも関わっています。

カフェの立ち上げやメニュー開発、記念日のケータリング。仕事の形はさまざまですが、みんなで食卓を囲む楽しさを大切にしたいという気持ちは、ずっとつながっています。

食べる人も、つくる人も、自分らしく過ごせる場を。これからも、出会った皆さんと一緒につくっていきたいと思っています。

2024年に千葉の就労移行支援カフェ『cafe symbiose』の立ち上げに料理担当として参加。2025年3月からは盛岡のヘラルボニー『ISAI PARK』でカフェの総監修を務め、同年12月には宮城県庁『レストランぴぁ』のノウフクランチフェアのメニューを監修しました。

小さな頃から食いしん坊。
小さな頃から食いしん坊。
相棒タロアウト。
相棒タロアウト。
家づくりの途中で見上げた木組み。2026年8月。
家づくりの途中で見上げた木組み。2026年8月。

06 / TIMELINE

年表

大学卒業後、avex所属のプロダンサーに。25歳で膝を痛める
イタリアの料理学校と、ミシュラン星付き「il Pellicano」で修行
2009
ELLE a table「料理業界人フードバトル」優勝
千葉で畑を借り、「菜園料理家」として活動開始
2013ごろ
アメリカ大使館の菜園管理人(3年)
2014
『野菜のチップス 果実のチップス』(文化出版局)
2015
『野菜のスープ』(主婦と生活社)/青山「IKU青山」オープン(プロデュース&シェフ)
2016
福祉施設「空と海」で月1回の森のランチ会を始める
2017
福祉レストラン「らんどね 空と海」開店・シェフ(〜2020年末)
2020
The Vegetarian Chance Japan ファイナリスト・サスティナブル賞
2021
仙台へ移住。NPO法人BALLOONを共同で立ち上げ、副理事長に
2022
日本金継ぎ協会アンバサダーに
環境省「森里川海」アンバサダー
2024
千葉「cafe symbiose」立ち上げ(料理担当)
2025
盛岡 ヘラルボニー「ISAI PARK」カフェ総監修(3月〜)/宮城県庁「レストランぴぁ」ノウフクランチフェア監修(12月)
2026
仙台で家づくり。畑と食卓の間で

FOOD & WELFARE

あの食卓から、
今の仕事へ。

らんどね 空と海から、BALLOON、カフェの監修、農福連携へ。福祉との関わりを、現場の写真とともにご紹介しています。

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